2010年12月03日

世尊寺



【現地案内文】
東天竺山世尊寺(せそんじ)は通称を釈迦堂といい、岡崎市出身の世界的地理学者志賀重昂氏(1863〜1927)の発願により建立されました。東天竺山なる山号は志賀氏自らの、世尊寺なる寺号は東本願寺法主大谷光演氏の命名によるものです。志賀氏は、第3回海外術旅行で欧米諸国を歴訪の途中、泰国(タイ)、印度(インド)、錫蘭(セイロン)、緬甸(ビルマ)の仏跡を巡拝し、仏像、仏画、仏石等を収集して大正13年に帰朝、釈迦牟尼世尊(金銅説法立像)の祭祀と祭殿建立の企画案とともにこれらを岡崎市に寄付されました。このことをもとに釈迦堂建設計画が進められましたが、昭和2年志賀氏が享年65才で逝去されたため、この計画も一時中断となりました。しかし、生前から同氏と親交の深かった人々の努力と、岡崎佛教会の新たな参画により資金の目処も立ち、昭和4年4月20日仮堂が完成し、今日に至っています。

境内には、「近藤孝太郎の歌碑」もあります。
【現地案内文】
この歌碑は、岡崎市出身の芸術家、思想家、社会運動家 近藤孝太郎氏(1897〜1949)の先覚を記念するために建てられたものです。氏は美と真理と若者を限りなく愛し続けたヒューマニストで、その生涯は波乱に満ちていました。歌は若くして若山牧水に師事しており、作歌は終生の業の一つといえます。碑には、「こころしつかに けふ白梅の淋しさを 見ているごとく つねにかもあれ」と刻まれています。

撮  影  日  平成22年12月
撮 影 場 所  欠町/地図
投  稿  者   キノシタ

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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