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2011年12月20日

万足平の三つ石


戦国時代、天正元年(1573)、作手の亀山城主 奥平貞能・信昌父子は、武田方に離反し城を脱出して、宮崎の滝山城に陣どった。ずぐさま武田の軍勢5,000がこの万足平に攻め寄せて来たが、家康の援軍に包囲され退却した。
その時の戦死者を、万足平の三カ所に葬ったと言われ、その跡に置いたのがこの3つの石である。
代々、この石をさわると祟りがあると言って、決して動かそうとしなかったが、昭和になってほ場整備にかかり、現在地に移した。
(現地案内板)

撮影日  平成23年10月
撮影場所 中金町/地図
投稿者  キノシタ

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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