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2012年04月02日

岡崎市内の「歴史的景観」の維持のために:その1

愛知教育大学名誉教授(岡崎市文化財保護審議会会長)の新行紀一先生による「岡崎市内の「歴史的景観」の維持のために」と題したレポートを掲載します。

印刷は、こちらから
平成21年度に市の行政アドバイリー制度を活用して先生にご助言をいただいたものです。


1 「市政だより おかざき」平成21年(2009)3月1日号(No1115)の表紙写真を見て驚愕した。「岡崎城天守閣再建50年記念」特集号の写真は、下校時の大樹寺小学校の校庭から、大樹寺総門を通して見える岡崎城の遠望である。総門の開口部2.5メートルの上部3分の1を占める遠望写真に、これまでの種々の写真で気づかなかった白いマンション風の建物2棟の最上層階が見えるからである。眺望写真の多くは、小画面であることが多いので気付かなかったともいえるが、この白い2棟は、明らかに岡崎城の遠望を損なっている。天守閣の4層までを蔽う樹木の左下方部に左から2段の建物が突き出しているように見えるのである。

大樹寺からの岡崎城の眺望を守るための建築規制(指導あるいは確認)は、昭和50年代半ばから行われてきた。この眺望が問題になったのは、現在も正面手前に見えるグレー系統のマンション風の建物が計画され、そのため天守閣が見えなくなるとして、議会や新聞で取り上げられたからである。その後、市長・議会関係者・施主等の協議が行われ、最終的には予定階層を1階減じて眺望を確保することになったとの報告を、文化財保護審議会の席上で聞いた記憶がある。やがて眺望確保のための建築抑制のための指導要綱が定められた。その適切な運用によって、おおよそ眺望は守られてきたと思い込んでいただけに、
白い2棟の「発見」は衝撃であった。

冷静に考えてみれば、制定から約30年間を経て、要綱の運用にも若干のブレはあったであろうこと、市政だよりの写真は2月頃の下校時すなわち午後3時頃の西日を浴びた写真であり、建物の白さが強調される感じがあること、また三門直前から1.5メートルの視点で撮ると白い建物が目につくが、三門内側10メートル程の視点から三門を通して見ると、白い建物はグレーの建物に隠れてほとんど見えないこと、などがわかってきた。史跡めぐりの見学者を案内して大樹寺をしばしば訪れながら、視野左方からの白い建物の「侵入」に気付かなかったのには理由があったわけである。

大樹寺から岡崎城天守閣を遠望する構図は徳川氏と岡崎の歴史を象徴するものであり、日本全国の他の都市には絶対存在しえない、唯一無二の歴史的眺望である。幸い平成16年(2004)に制定された景観法によって、地方自治体は条例によって眺望景観を保全することができるようになった。それゆえ以下において、大樹寺から岡崎城を望む歴史的眺望(ビスタライン)の歴史を探り、その歴史的意義と保存のあり方についての提言を行うこととする。

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)景観学習
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