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2013年01月02日

元和偃武

家康学習資料集〜岡崎の心を学ぶ〜
岡崎市立大樹寺小学校教材開発部「家康・地域を生かした教材開発」のために より抜粋(一部加筆)





慶長二十年(1615)五月、大坂夏の陣で大坂城は落城し豊臣家は滅亡しました。その年の七月、改元が行われ元号が慶長から元和に変わりました。時の天皇は後水尾天皇。後に家康の孫和子と結婚することになる天皇です。この年の七月に、武家諸法度・禁中並公家中諸法度が相次いで制定されることで、徳川政権は安泰となりますので、これを元和偃武令と言います。

「元和」とは平和の始め。「偃武」とは武器をおさめて用いないこと。つまり戦争が収まった状態です。大坂の陣以後、徳川幕府による平和な時代が250年も続きましたので、この平和な状況を「元和偃武」と呼びます。外国の歴史学者は「パクス・トクガワーナ」(徳川の平和)と呼んでいるそうです。家康はこの元和偃武を見届けた後、翌年の元和二年四月十七日に駿府城で亡くなりました。

家康が生きた時代は、戦国動乱の時代でした。度重なる合戦に人々は苦しみ、それから解放されたいと強く願っていました。このような時代の要請に応えたのが徳川家康です。大樹寺の登誉上人から教えられた「厭離穢土 欣求浄土」や「元和偃武」、徳川家康が75年の生涯をかけて目指したものだと思います。

撮影日  不明
撮影場所 康生町
投稿者  大樹寺小学校・都市計画課

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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