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2013年01月27日

徳川家康エピソード編ー鳥居忠吉、密かに米銭を貯える

家康学習資料集〜岡崎の心を学ぶ〜
岡崎市立大樹寺小学校教材開発部「家康・地域を生かした教材開発」のために より抜粋(一部加筆)


家康が人質として駿河にいた頃、今川氏は御家人の阿部・石川の2人に岡崎を守らせ、鳥居・松平の2人に岡崎領の管理を執り行わせていました。岡崎領からの年貢は今川氏が無理やり奪ってしまうので、鳥居忠吉はひとり苦労して長年にわたり米や銭などをたくさん貯蓄し、今後の軍事のために備えていました。

家康が先祖墓参のために岡崎へ一時帰国することが決まると、家康の帰城を待ち構えていた鳥居忠吉は喜びをおさえきれずに家康の手を引き蔵へ連れて行き申し上げました。「私が長年今川の人々に内緒でこのようなことをしましたのは、君がすぐにでもご帰国なされてご出馬される時、御家人を育み、軍用にも事欠かないようにするため、このように備えていました。私は、80歳という残り少ない余命ながら、朝夕に神仏へ祈ったかいがあって、今このように生前に再び君の尊厳を拝し申し上げることは、生涯これ以上の大きな幸せはございません」と、老眼に涙を浮かべて申し上げました。家康も忠吉の長年の忠義心と資材まで用意していたことに感動し、色々と厚く忠吉を労いました。

投稿者  大樹寺小学校・都市計画課

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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