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2013年02月24日

「大樹寺」ふるさと探訪その3ー大樹寺の三門


大樹寺は、文明7年(1475)松平家四代目の親忠により創建されました。創建時の建物は現存しておりませんが、寺内最古の建物は天文4年(1525)完成の多宝塔です。これは松平家七代目つまり家康公の祖父に当たる清康が建てたもので、国指定重要文化財です。それに次いで古いのが、家康公17回忌に三代将軍家光が建てた三門・総門・鐘楼など。本堂は安政の火災で焼けてしまった後、江戸時代末期の再建です。


大樹寺小学校正面前に聳え立つ三門。その楼上正面に掲げられた「大樹寺」の額は、後奈良天皇の勅額(天皇自筆の額)です。そしてその内部には、尾張徳川家初代義直が寄進した釈迦三尊像と十六羅漢像が祀られています。


寺院の門を山門と言います。これは寺院に山号があるからでしょう。大樹寺も成道山大樹寺と言います。また、山門のことを三門と書く場合があります。これは大きな中央の門と左右の脇門と3つを連ねて呼ぶからでしょう。また、仏教では三解脱門という意味から三門と呼ぶことがあります。人間には3つの根本的な煩悩があります。「むさぼり」「いかり」「おろか」という煩悩です。この3つの煩悩から逃れて、悟りに通ずる3つの門が三解脱門です。大樹寺の本山である京都知恩院の山門や東京芝の増上寺の山門も三解脱門の意味で三門と呼ばれており、楼上内部には釈迦牟尼仏や十六羅漢像が安置されています。


投稿者  大樹寺小学校・都市計画課

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(1)歴史の風景
この記事へのコメント
大樹寺はどれぐらい広いんですか
Posted by とくがわ at 2013年02月28日 17:00
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