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2015年07月03日

徳川家康公の建てた寺・随念寺

徳川家康公の建てた寺は市内に2つあります。
一つは父広忠の菩提を弔う松応寺(松本町)。
もう一つは祖父清康の菩提を弔う随念寺(門前町)。


随念寺は、1562年(室町時代)に家康公が創建した楼門と白土塀の美しい寺で、松平七代清康(家康公の祖父)とその妹久子の菩提を弔うために建てられました。




久子は、家康公が生母於大(おだい)と生き別れて以来、家康公を養育した人です。


東海道を見下ろす丘陵に建てられた一連の社寺の中でも、幕府の庇護が厚く、城の防御拠点としての名残を、今もよく残しています。
今でも境内から岡崎城天守を望むことができます。
江戸時代は眼下に岡崎宿・岡崎城下町のまちなみが広がり、岡崎城天守がランドマークとしてその存在を輝かせていたことでしょう。

<岡崎初期教育施設としての随念寺(書院・庫裡)>

・額田郡第一番小学岡崎学校 旧校地 1873〜1899(明治6年〜32年)
 (現 市立梅園小学校)
・愛知県第二師範学校附属小学校 旧校地 1901・1902(明治34・35年)
 (現 愛知教育大学付属岡崎小学校)
・岡崎町立商業補習学校 旧校地 1902〜1905(明治35年〜37年)
 (現 県立岡崎商業高等学校)
・岡崎町立高等女学校 旧校地 1907・1908(明治40・41年)
 (現 県立岡崎北高等学校)

明治時代になると本堂を残し、書院と庫裡が額田郡に提供されました。
明治6年(1873)岡崎小学校がここに移転され、
9月には額田郡第一番小学岡崎学校(第二大学区内愛知県管下第8番中学区内)
として初めての公立学校となりました。明治25年には町立岡崎高等小学校となり、
32年の移転まで使われました。その後、愛知県第二師範学校附属小学校岡崎町立商業補習学校、
同高等女学校の設立時に、短期間ではありますが仮校舎として利用されました。
岡崎における明治時代の公的な教育施設として、
随念寺庫裡・書院は唯一当時の姿を残すものとして貴重な遺構です。

撮影日   平成27年6月
撮影場所  門前町
投稿者   キノシタ

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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