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2009年01月26日

岡崎城下二十七曲り⑥


岡崎宿は、太平洋戦争時の空襲により宿場の面影はほとんどありませんが、伝馬町の「永田屋」や「糸惣(いとそう)」などの店構えや看板が往時をしのばせます。これらの建物が道路の南側にあることから、東海道は北側に拡幅され、現在の伝馬通りになったことが読み取れます。岡崎城下二十七曲りとして、現在でも、街角の碑や道標、常夜燈、商家の看板などをたどって屈折の多い町並みを楽しむことができます。

撮 影 日  不明
撮影 場所  永田屋(伝馬通)/地図
投 稿 者  都市計画課

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(2)歴史の風景
この記事へのコメント
岡崎から西へ200キロくらいでしょうか。同じように街道筋にお店があります。こちらは今も商いをされています「提灯屋」さんです。
Posted by 中川 at 2009年01月26日 18:56
西へ200キロ、西国街道ですか?
趣のある看板ですね。
歴史を重ねた伝統様式の建物は、現在でもまちの顔として風格さえ漂わせていますね。
Posted by 都市計画課 at 2009年01月27日 08:50
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