2010年02月22日
法蔵寺団子の由来
この団子は、法蔵寺門前の茶店で売られていたことから法蔵寺団子と呼ばれるようになった。
本宿村方明細書上帳(享和2年・1802)に「此ノ村名物ハ早縄並餅団子・草鞋ニ御座候。」また、参河聡視録(みかわそうしろく)本宿村記(嘉永2年・1849)にも「法像寺辺り前後茶店ニテ餅ニ醤油ヲ付テ炙リ売ル 名高シ。」と書かれている。以後、昭和の初めごろまで売られていた。
この団子の特色は、一本の串に指で押し平たくした五個の団子を炙り溜りで味を付けたものである。
この独特の風味が、近郷近在はもとより、東海道筋の名物団子として、評判となったのである。
(平成9年3月 郷土史本宿研究会)
東海道中膝栗毛に「ここは麻のあみ袋、早縄などあきなふれば北八、みほとけの誓いとみえて宝蔵寺、なみあみ袋はここの名物」とある。本宿は古くから麻縄(召縄)の産地として知られ、農家の副業として麻細工が盛んであった。また、家康公が食したといわれる当地独特の法蔵寺団子があり、その他、草鞋、ひさごなどが土地の名物として売られ、街道筋の評判となった。
(1994年9月 国道1号本宿地区東海道ルネッサンス事業委員会・郷土史本宿研究会)
法蔵寺入口に団子をモチーフにした石のベンチがあります。
溜り(たまり)と言えば、近くに「アイチ味噌たまり」さんがあるのも関連でしょうか。
撮 影 日 平成22年2月
撮 影 場 所 本宿町/地図
投 稿 者 キノシタ
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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)
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