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2010年02月23日

岡崎藩允文・允武館跡


岡崎の中心市街地は、今後の成長戦略として、再生に向けて本腰をいれるべき時期が到来している。
「中心市街地」。この言葉は「商業」だけで捉えられがちであるが、実はその都市で最も歴史文化の集積がある「場」でもある場合が多い。商業的なものは、市場によって遷ろい、古い物はどんどん陳腐化していくが、歴史文化は、時間の積み重ねにより、どんどんその深みや重層的な魅力を増していく。特に城下町であった岡崎は、唯一無二の岡崎城を中心とする城下町、いわゆる「康生」と名がつく町名を冠する旧城内周辺には多くの歴史的文化的資産があり、これらは他都市にはない「岡崎らしさ」そのものである。

図書館交流プラザ・りぶらは、多くの人々が利用する「文化施設」であるが、明治の初めにもここ康生には「文化施設」があった。「岡崎藩允文・允武館」である。今はひっそりと碑があるのみであるが、当時、新たな時代へ向けて、しっかりと人材育成をなす志の高さが感じられる。

明治の改革により藩主本多忠直公は藩知事に任命されたので新しい時代にそうべき教育を行うため、江戸の藩校を明治2年(1869)この地に移した。その後、明治4年市学校を設立して一般市民を教育することになったので、同年12月廃止した。市学校は明治5年1月の廃藩置県により県立額田郡小学校と改められた。これが本市の学校のはじまりであり允文・允武の両館は学校教育の発展に大きな足がかりをなした。昭和52年5月建立。

岡崎の中心街の歴史

撮  影  日  平成22年2月
撮 影 場 所  康生通西2丁目/地図
投  稿  者  キノシタ

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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