2010年04月19日

浄妙寺



「自然と歴史」をつなぐ景観。
寺院の白黒に桜の桃色、色彩的な調和はもちろんのこと、寺院と桜の景観は、日本ならではの風景で、心象的なものでもあります。そして、おそらくむかしの人たちも、同じように寺院と桜の景色を見て楽しんだり、癒されたことでしょう。

【以下、寺説明碑抜粋】真宗大谷派 稲荷山 浄妙寺。
開基の信願房は、親鸞聖人の直弟で、俗名は藤井八郎信親といい、正嘉2年(1258)に赤渋に一道場を建立した。これが浄妙寺の開創である。10代目慶順は蓮如上人に師事して真宗再興に寄与し延徳3年(1491)3月23日晩年の上人から自画自賛の寿像を授けられた。三河真宗5カ寺の一つになった。14代目順超は織田との戦いで戦死したので、その妻松平信忠の息女で、家康の大叔母にあたる宝憧院は、寺を継ぎ、松平広忠から天文15年(1546)4月15日付で上和田の天白に広大な寺域と堂宇の寄進をうけ寺を再起し天白殿と称した。しかし、50年後、慶長8年、12年の2度の天白切れ(矢作川の洪水)で流失して現在の地に移る。15代目勝奥は一生俗形で徳川家との関わりをもち永禄一揆には微妙な立場にあったが、その兄弟たちは静岡 水戸 前橋などに寺を築いている。一揆後20年、真宗は三河から追放されたが、この寺は檀家が各地に分散してあるのは、その歴史の古きを物語っている。境内の大楠は徳川三代将軍家光の大老 土井利勝の母の墓木として植えられたもの。現本堂は嘉永6年(1853)に再建された。

撮  影  日  平成22年3月
撮 影 場 所  中之郷町/地図
投  稿  者  キノシタ

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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