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2011年04月04日

謁播神社



岡崎は、古代より人の営みがあった地で、「物部氏」ゆかりの神社が東阿知和町にあります。
神社の名は、謁播(あつわ)神社といい、由緒は大変古く神社創建の年代は詳らかではありませんが、延喜5年(927)の延喜式神名帳に謁播神社の名が記されている延喜式内社です。

【現地案内板】
○御祭神
知波夜命(ちはやのみこと)、春日大神(かずがのおおかみ)

○御由緒
この神社の由緒は大変古く神社創建の年代は詳らかではない。第五十五代文徳天皇(850~858)の御代の文徳実録に、仁寿元年(851)謁播神社に位階従五位下を授くとあり、延喜5年(927)の延喜式神名帳にも、謁播神社の名が記されている延喜式内社である。
九世紀半ばに編纂された先代旧事本紀(旧事本紀)の第十巻国造本紀に、「物部氏の祖出雲色大臣命の五世の孫の知波夜命が、物部氏を率いて国造として当地を治めた。」とあり、命が逝去された後村人はその徳を慕い、命の鎮魂報恩のため祠を建て、氏神として尊崇したのが由来のようである。
神仏習合時代祭事は松林寺の社僧が行っていたが、明治維新以後神仏分離により現在に至っている。

○特殊神事「雨乞神事」
この神事は、旱魃(かんばつ)に時雨乞いをして、境内の池の水を農耕作業姿の氏子が汲み干す神事であり、霊験あらたかで忽ち雨が降ったと言い伝えられている。
この祭りは「大旱の祭」と呼ばれて、明治維新後も四回行われた。

おそらく阿知和(あちわ)という町名は、この謁播(あつわ)を語源としていると推察されます。

境内には、なんと岡崎城の「念沸堂赤門」を移築したと伝わる門が神門として建っています。

撮  影  日  平成23年3月
撮 影 場 所  東阿知和町/地図
投  稿  者   キノシタ

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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