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2011年03月18日

甲山のときを告げるサイレン塔

豊かな自然景観・歴史文化に彩られた名所旧跡・商店街や住宅地などの人の営み…少し目を凝らしてみれば、普段あまり気に留めることもなく知らずにいた愛宕学区の姿を改めて発見できるものです。「人」「もの」「自然」「歴史文化」…それらが混ざり合って「まち」の姿が形作られてゆきます。見渡してみれば、愛宕学区は美しい自然と文化に恵まれ人の温かさに包まれた住みやすいまちであることが判ります。
時とともに開発が進み、まちの姿は変わってゆきます。ですが残すべき大切なものもあります。自分の住むまち、そこで一緒に暮らす人々、それらを大切にしてゆきたいという思い…そんな「地域力」が、これからの時代にますます必要とされてゆくことでしょう。


【旧三角点の石碑と塔の跡地】
岡崎市のほぼ中心に位置する甲山(かぶとやま)は、そのむかし、日本武尊が夢のお告げに従い悪者の甲首を3つの岩のあるところ(六供町三ツ岩)に埋めたことから、こう呼ばれるようになったそうです。今では中心市街地にありながら小鳥のさえずりが聞こえる、自然豊かな岡崎を象徴する山です。「ふるさとの森」にも指定され、愛宕学区に住む私たちの和みの場所でもあります。また、この山には5世紀初め頃に岡崎市内最古の豪族の墓である甲山1号墳が築かれ、現在は甲山公園として整備されています。


【たつきの塔】
甲山の山頂には、かつて朝夕夜の時を告げていたサイレン塔が存在しました。岡崎市中心部のシンボルタワーとして1961年(昭和36年)に建てられ、「たつきの塔」と呼ばれていました。塔の上部には東西南北に向けたスピーカーが設置され、朝6時に「草競馬」、夕方6時に「夕焼け小焼け」、夜10時に学校と同じチャイムの音色が鳴り、岡崎市民にときを知らせていました。昭和60年代に入ってからは老朽化で音色が聞けなくなり、平成10年代に塔全体が取り壊されてしまいました。


【国土地理院の二等三角点】
現在、山頂の塔があった地点に国土地理院の二等三角点があります。少し離れた場所には、旧岡崎町三角点NO.12と書かれた石碑も存在しています。遠い昔に聞いた音色はいまでも心の中に響いています。それは、懐かしい郷愁のメロディーでした。

撮 影 場 所  六供町/地図
投  稿  者   野村@あたご夢のまちプロジェクト委員会

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(2)歴史の風景
この記事へのコメント
こんにちは、昭和34年生まれの“隊長”です。

別のサイレンかもしれませんが、正午に「ウ~」って鳴ってたのを記憶しています。

私の出生時刻が「お昼の12時」って聞かされて以来、友人らに

「ワシの生誕を祝うかのように、岡崎中にサイレンが鳴り響いた・・・」
って、言い放ってた記憶があります。
まぁ、子供のついた軽いジョークなんですけどね。(*^.^*)エヘッ

では、また。(^0^)/~~ バイバイ
Posted by 草野球チーム・自営隊 “隊長” at 2011年03月19日 11:52
隊長さん、おはようございます。

隊長さんには、とても縁深い音なんですね。

時を知らせるサイレンだったり、鐘の音であったり、

音のある日常も良いものですね。
Posted by キノシタ at 2011年03月22日 08:17
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