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2010年06月30日

藤川地区-平八(へいはち)


藤川町の中央を西に流れる山綱川(やまつながわ)の北側、山麓の一帯を通称「平八」と呼びますが、この辺りが昔の藤川の集落でした。言い伝えでは、江戸時代以前の古い道であった鎌倉街道がこの地を通って、藤川の古い集落の本体が、ここ「平八」の地にあったと言います。

伝馬の制による宿場町の機能を供えた藤川宿発足後は、東海道筋から見て山綱川の向こう、すなわち「川向」(かわむこう)と呼ばれるようになりました。時代は推移して明治維新となって政治・制度は新しく変わり、宿場町は廃止され、地名も整備されて、「平八」一帯は「字王子ケ入」「字東川向」「字西川向」と称えるようになり、「平八」の正式な呼称はなくなりました。そして今は、ただ地元の人々の口に「平八」が伝えられているのと、江戸時代の絵図(東海道分間延絵図=文化3年作成)に、牛頭天王(ごずてんのう)の西北に「平八山」を記していて、地名に「平八」があったことを物語り、その名残を伝えています。

「平八」の地名の語源は、残念ながら分からないが、「八」は「鉢」に通じ、山に囲まれた谷間の平地を示す語ではないかと考える。

【藤川宿散策のしおり/藤川宿まちづくり研究会】


撮  影  日  平成22年6月
撮 影 場 所  藤川町/地図
投  稿  者  キノシタ

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Posted by 岡崎市まちづくりデザイン課 at 08:30│Comments(0)歴史の風景
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